Fannie Mae – SAFeを活用したビジネスアジリティの導入

「SAFeは、私たちが他の多くの取り組みと統合し、納品を予測可能にし、タイムラインを守るために必要な俊敏性、可視性、透明性を提供してくれました。」
–David McMunn, Director of Fannie Mae’s Agile COE
課題:
3年以内に、組織は市場への証券発行の方法を根本的に変革する全く新しいビジネスモデルを立ち上げる必要がありました。それも、非常に厳しいスケジュールの中で実現しなければなりませんでした。
業界
金融サービス、政府機関
成果:
- 年に1~2回だったリリース頻度が、毎月実施可能に
- 2週間ごとに安定した統合を実現
- Fannie Maeは、納品に関わるリスクを大幅に低減
- 不具合(欠陥)率を大きく削減
- チームは1スプリントあたり、従来の2~5項目から30項目以上を安定してリリース
- ベロシティ(開発速度)が10ストーリーポイントから30ポイント以上へと向上
ベストプラクティス:
- 同期のリズムを合わせる – 共通のリズムを確立することが成功の鍵となりました。エンジニアリングの手法も、二重モードのガバナンスに対応するために進化させる必要がありました。
- データベース設計の事前対応 – データ量の多いプロジェクトでは、後工程での変更による影響をを防ぐため、スプリント開始前にデータベース設計作業を進めることが重要でした。
- プレイブック(標準ガイドライン)の作成 – 複数チームが並行して開発を進める中で、プレイブックを整備することで、再作業や手戻りを大幅に削減できました。
概要
Fannie Mae(ファニーメイ)は、アメリカ合衆国における主要な住宅ローン金融機関です。連邦議会の憲章のもとに設立・運営されており、姉妹機関であるフレディマック(Freddie Mac)とともに、米国の住宅金融システムにおいて重要な役割を担っています。彼らは、住宅ローン市場に、流動性、安定性、そして住宅取得の手頃さを提供しています。
2013年の住宅危機から回復する中で、Fannie Maeは、今後の融資環境が急速に変化する顧客のニーズに対応するために、さらに迅速に対応することが求められることを認識しました。さらに、Fannie Maeは、この目標を達成するためにはアジリティ(敏捷性)が重要であると認識しました。それはテクノロジーだけでなく、組織全体においても必要な要素でした。
2015年1月、Fannie Maeは、連邦住宅金融庁(FHFA)および議会から提供されたガイダンスに基づき、共通証券化ソリューション(CSS)という新しい共同事業に合わせる準備を進めていました。この取り組みの一環として、Fannie Maeは、住宅ローン担保証券(MBS)の発行および管理のためのユニバーサルな証券化プラットフォームを構築するため、CSSに合わせていくつかの重要な内部業務プロセスの変革を進めました。

3年以内に、Fannie Maeは証券の市場への発行方法を変える全く新しいビジネスモデルを開発する計画を立てており、その実現には厳しいタイムラインが設定されていました。開発およびテスト作業を30の資産にわたって統合するために、20以上の開発チーム、300人以上の人員が必要でした。Fannie Maeがこの変革の実施に向けて準備を進める中で、継続的に変化する要件に基づいて新しいモデルが定義されていたため、いくつかの課題に直面しました。
大量のデータを扱う大規模な統合を行う場合、成功の最重要要因は“早期の統合と早期のテスト”です」と、Fannie Maeのエンタープライズ・データ部門ディレクター、Atif Salam氏は語ります。「連邦政府の指令により、当初からリスクを軽減する必要がありました。そして、ウォーターフォール型の手法ではそれが不可能であることを早い段階で認識しました。私たちにとってそのリスクを軽減する最善の方法は、アジャイルを採用することでした。」
初期の障害を乗り越える
エンタープライズデータ部門がアジャイルの導入に取り組む中で、内部・外部の両面においていくつかの課題が明らかになりました。
課題 #1:エンタープライズデータ部門の取り組み開始時点で、最初の2つのチームにはアジャイルのケイパビリティが明確には確認できませんでした。
最初のエンタープライズデータチームは、アジャイルやスクラム手法について全くの初心者であり、この取り組みのために新たに編成されたため、お互いに一緒に働くのも初めてでした。
SAFeを導入する前に、エンタープライズデータ部門は新しいチームを立ち上げるための標準的なオンボーディングアプローチと入場基準を策定しました。さらに、外部のアジャイル専門家を招いてチームにトレーニングを行い、共に作業しました。そして、アジャイル成熟度モデル(AMM)が作成され、行動や実践のベースラインを設定するとともに、最適化すべき領域を特定しました。
その後、SAFeを導入する決定が下されると、プログラムはSAFe準備チェックリストに沿って作業を開始しまいた。AMMは、すべてのプログラムチームが達成すべきターゲットベンチマークを設定するために使用され、これによりスケールアップするために十分なケイパビリティが整っていることが確認されました。
課題 #2:エンタープライズデータ部門の取り組みの開始時、スクラムチームは、柔軟性のないアーキテクチャ、エンドツーエンドテストの課題、そして多くのビルド制約により、1つのユーザーストーリーしか完了させることができませんでした。さらに、開発者間でデータ属性をデータポイントと見なす専門知識に基づいて、作業が制限されることが一般的でした。データは、取得と提供の複雑さを含み、順番に実装するしかないと考えられていました。
これに対応するため、テクニカルリードたちは制約の排除、複雑さの軽減、ワークフローの最適化に注力しました。具体的には、テクニカルリードがチームと協力して、クロスファンクショナルチームやペアプログラミングの構成を活用し、技術的な専門性を強化しました。その結果、チームはデータ属性を、取得と提供の複雑さを含む単なるデータポイントとしてではなく、取得と提供という2つの明確なビジネスバリューから成るものとして捉えるようになりました。

さらに、彼らはシステム統合テスト(SIT)およびユーザー受け入れテスト(UAT)をスクラムチーム内に“左シフト”(移管)する取り組みを行いました。その結果、時間をかけて、各チームは1つのスプリント内で複数のユーザーストーリーを完了できるようになりました。加えて、組織は“エマージェントデザイン”の考え方(創発的なデザイン思考)を取り入れ、部門横断的なアジャイル機能チームを編成し、共通のリズム(例:スプリントプランニング、スクラム・オブ・スクラム、スプリントレビュー)にアクティビティを同期させました。
課題 #3:エンタープライズデータ部門の取り組み初期において、チームはコードを同じメインライン上で開発・統合することが求められており、技術的に一般的とされていたブランチ作成の慣習が使えなかったため、複雑さはさらに増していました。加えて、Fannie Maeでは、企業および連邦のガバナンス要件を満たすために、新たなリリースのトレーサビリティ管理が求められていました。
これらの課題に対処するため、テクニカルリードとシェアードサービスは、すべてのチームで同じコードベースを使用して継続的な統合のケイパビリティを構築することに注力しました。組織はこれまでアプリケーションライフサイクル管理(ALM)を実施していましたが、真の効率を実現するためには継続な統合の方法を再考する必要がありました。10ヶ月にわたって、組織は自動化を活用し、ビルドの実装時間を半年に一度から、1日に何回も行えるように短縮することに注力しました。
さらに、エンタープライズデータ部門は、トレーサビリティ、自動化テスト、プロトタイピングのために、振る舞い駆動開発(BDD)エンジニアリングプラクティスを採用しました。

課題4:アーキテクチャ、データベース設計/モデリング、テストデータの準備といった、上流の技術的な依存関係により、チームは2週間のスプリントのサイクル内で1つのユーザーストーリーさえ完了させることができませんでした。
チームが直面していた技術的な課題に加えて、アーキテクチャ、データモデリング、テストデータ管理に関する複数の上流依存関係も存在し、2週間のサイクルで作業するチームがユーザーストーリーを実装する前に、それらを解決しなければなりませんでした。
当初、チームに先行して作業を進めるために、ビジネスアナリストのグループが編成され、プログラムバックログを十分に整備し、ユーザーストーリーがスプリントチームの「作業開始の定義(Definition of Ready)」の80%以上を満たす、または超えるよう指示されました。
しかしこのような取り組みにもかかわらず、各チームがスプリント計画に取り込める「準備が整った作業」は、プログラムバックログ内にほとんど存在していませんでした。
これは、上流の依存関係を解消するためのリードタイムと、絶えず変化する要件への必要性が原因でした。
拡張に向けた準備として、エンタープライズデータ部門はステークホルダーと協力し、1四半期にわたるフィーチャーのロードマップを作成しました。同時に、アジャイルチームを少なくとも2スプリント連続でサポートできるよう、バックログの健全性の最適化にも注力しました。さらに、システム全体の視点を取り入れ、内部および外部の技術的依存関係をより正確に予測し、その影響を軽減するために、バリューストリーム全体を分析しました。
課題5:組織の文化は、従来型の導入手法に慣れていました。
当初、Fannie Maeには伝統的な指揮統制型の文化が根付いており、それを支える企業機能全体のエコシステムも存在していました。しかし、アジャイルを支えるためには、これらも変化する必要がありました。変革を推進するリーダーたちは、従来の“指示して納品を管理する”という役割から、“リーンアジャイルのリーダー”かつ“変革の推進者”へと転換するために、リーダーシップ層やマネジメント層と緊密に連携し、大きな努力を重ねました。彼らは、チームを支援するだけでなく、アジャイルマニフェストの価値観や原則を体現する姿を示すことで、変化を牽引しました。
先述のとおり、リーダーシップ層およびマネジメント層は、チームに影響を及ぼす障害を取り除くことに注力するように方向転換しました。さらに、アジャイルを支援するために、企業機能を調整・統合し、ビジネス部門の関与を促し、継続的な学習に焦点を当てた環境を整備する取り組みも進めました。「これまでであれば、課題が発生すると、それを要件や開発の失敗と捉えていましたが、今では早期に課題を見つけて学びに変える機会と捉えるようになりました」とSalam氏は語っています。
まだ新たな役割に就いたばかりではありましたが、リーンアジャイルのリーダーたちは、チームに目的意識を根付かせ、意思決定を分散化し、制約を最小限に抑えながら、自律的に業務を進められるよう権限を委ねました。
SAFe:アジリティ(俊敏性)・可視性・透明性
これまでの時点でFannie Maeには一部にアジャイルのケイパビリティはあったものの、リーダーシップ層は、目標達成にはスケールド・アジャイル手法が不可欠であることを理解していました。幸いなことに、社内には、Scaled Agile Framework®(SAFe®)を用いた大規模なアジャイル導入を成功させた経験を持つ人材がいました。
Fannie Maeは、外部のScaled Agileゴールドパートナーと提携し、スクラムのケイパビリティを強化・成熟させたうえで、SAFeの導入に踏み切りました。最初にSAFeへの移行を果たしたのはエンタープライズデータ部門であり、組織全体の先導役となりました。
「私たちは複数のウォーターフォール型の取り組み、サードパーティとの統合、そして非常に厳格な規制要件を抱えており、調整と実行が極めて困難な状況にありました」と、Fannie Maeのアジャイル・センター・オブ・エクセレンス(COE)のディレクターであるDavid McMunn氏は語ります。
「SAFeは、他の数多くの取り組みと連携し、確実な納品を実現し、期限を守るために必要な俊敏性、可視性、そして透明性を提供してくれました。」
Fannie Maeは、複数のチームにまたがって一貫したプラクティス(実践手法)を構築するため、当初は厳格なアプローチを採用しました。外部コーチによって、Agile、Scrum Master、Product Owner、Leading SAFe(SA)、およびSAFe for Teams(SP)に関するトレーニングが提供されました。そしてこのSAFeトレーニングは、新たに取り組みに加わるすべてのチームに対して必須とされました。
Fannie Maeは2015年6月、6つのプログラム、12のチーム、130名以上を対象とする最初のアジャイルリリーストレイン(ART)を立ち上げました。もっとも、最初のプランニングインターバル(PI)は、いくつかのの学びをもたらす経験にもなりました。
「バックログの整備、期待値の調整、ステークホルダーの出席確認、計画前のトレーニングなど、あらゆる準備を行ったにもかかわらず、最初のPIは、やや混乱した体験となりました」と、Fannie Maeのチーフ・データ・オフィサーであるScott Richardson氏は語ります。
ビジネス、プロダクト、アーキテクチャの各リーダーによる前提情報の説明に時間が割かれたことで、チームのブレイクアウトセッションの時間が不足し、その結果、チームは計画を完成させるために必要な未解決の要件やスコープに関する質問を解決するのに苦労しました。
「しかし、2日目の終わり頃には、進展が見え始めました」とRichardson氏は続けます。チームはプログラムボード上で依存関係を整理し、PIにおける既知のリスクを全て解決(Resolved)、対応責任を明確化(Owned)、受容(Accepted)、または緩和(Mitigated)(ROAM)し、Fist of Five(ファイブフィンガー法)による信頼度スコアで3を達成しました。
「このセッションは、すべてのステークホルダーがこの数百万ドル規模のプログラムに一堂に会して取り組む、初めての機会となりました」とRichardson氏は付け加えます。「Fannie Maeにおいて、大規模な統合プロジェクトを管理する新しい方法が生まれつつあり、それはテクノロジー部門全体に広がっていこうとしていました。」
その後のいくつかのPIを経て、組織はPIプランニングミーティングの準備方法をより明確に理解するようになり、信頼度スコアは平均して4以上を記録するようになりました。
新しい手法への信頼を形にする
初期のPIにおけるチーム間の計画セッションの中で、いくつかのチームが、目標としていたスケジュール内で重要な機能を提供できそうにないことが明らかになりました。
「優秀な新任のアジャイルチームリーダーの何人かは、『今回だけは』と、かつてのやり方のように人を追加してスケジュールを短縮しようと申し出てきました」と、Richardson氏は語ります。「でも、そういう時こそ、アジャイルの手法に対する信頼を示し、嵐の中の静けさであるべきなのです。」
その代わりに、アジャイルチームのリーダーたちは、優先順位の変更についてプロダクトオーナーに立ち返り、新しい最小限の実用的製品を策定するよう促されました。
「数時間以内に、すべてが計画通りに軌道修正され、最終的には全チームが成果を出し、外部顧客への納品も期限通りに行われました」とRichardson氏は続けます。
「今では、彼らはこの経験を共有しながら、真に生産的な方法で問題を解決し、意思決定できる力を持つようになりました。これが文化の一部になっているのです。」

全体的な成果
現在、Fannie Maeは大きな進歩を遂げています。エンタープライズデータ部門は、この規模の取り組みとしては予想をはるかに上回る高品質で、かつ納期どおりに統合ソリューションを提供しました。より広い視点から見ると、SAFeへの移行は、大規模プログラムの計画と提供のあり方を組織全体で根本的に変革するものとなりました。
Fannie Maeは複数の側面で改善を実現してきました。
- リスクの低減 – Fannie Maeは、「本番環境対応済み」のコードをより高い頻度でリリースするために、イノベーションと自動化に執拗なまでに注力することで、デリバリーに伴うリスクを低減しました。また、既存と新しいアーキテクチャ/アプリケーション間、さらには内部と外部システム間に存在する複雑な統合に伴うリスクも、大幅に軽減することに成功しました。
- フィードバックサイクルの高速化 – エンタープライズデータ部門では、2週間ごとにシステムデモと統合済みのコードを提供しています。これにより、数百万行のコードを有する全社的に最も大規模なアプリケーションにおいても、従来は年に1~2回だったリリースが、現在では毎月行われるようになりました。
- 予測可能性の向上 – プログラム内のチームだけでなく、全社にわたるチームが、2週間ごとに確実に統合を行っています。
- 品質の向上 – 組織全体で不具合(欠陥)の発生率を大幅に低減しました。
- ビジネスバリューの向上 – エンタープライズデータ部門でアジャイルを導入した当初は1スプリントあたり2〜5項目の属性しか提供できていませんでしたが、現在では1スプリントあたり30以上の属性を提供できるようになりました。
- チームの進捗改善 – 各チームは定期的にAHR(Agility Health Review)サイクルを実施しており、アジャイル成熟度モデルにおいて、より高いレベルへと成長しています。
- 効率性の向上 – Fannie Maeは、技術的負債の削減によって大幅な業務効率の向上を実現しています。
初期導入の後、この部門はSAFeを組織全体へと展開し、役割に応じて最大600名に対し、Leading SAFe、SAFe Advanced Scrum Master、SAFe Scrum Master、SAFe Product Manager/Product Owner、SAFe for Teamsの各トレーニングを実施しました。また、複数の社員がSPC(SAFe Program Consultant)認定を取得しました。
現在、Fannie Maeでは3つのアジャイルリリーストレイン(ART)を運用しています。エンタープライズデータのARTは最近、第13回目のPIを完了しました。また、Enterprise IT全体では、200を超えるリーンアジャイルチームが存在し、3,000人以上が関わっています。業務部門および機能部門のポートフォリオにおいても、日常業務の一環として軽量なリーンアジャイルの価値観と実践が取り入れられています。
「この働き方は組織全体に広がっています。」とSalam氏は語ります。「それは、顧客への提供方法、採用の仕方、予算の立て方といったあらゆる面に変化をもたらしており、ビジネス全体へと着実に広がり続けています。」